医療現場やビジネスでも活用されるアサーションとは?円滑なコミュニケーションのためのトレーニング法

伝えたいことがあっても遠慮したり、反対に強く伝えすぎてしまったりと、コミュニケーションの加減に悩む瞬間はありませんか。こうした課題に有効とされるのが、自分と相手の双方を尊重する「アサーション」という手法です。製薬企業でも、社内外の多様なステークホルダーとの調整場面や、患者の支援策を企画する際などにも役立ちます。本記事では、アサーションの基本的な考え方や実践的なトレーニング法を紹介します。
アサーションとは
アサーションとは、自分の気持ちや意見、相手への希望を伝える際に、なるべく率直に、その場に合った適切な方法で伝えるコミュニケーションの考え方です。一方的に主張したり、相手に合わせて抑え込んだりすることなく、自分と相手の双方を尊重しながら伝える点に特徴があります。
もともとアサーションは、1950年代の米国において、内気な人や自己表現が苦手な人向けの心理療法として考案されました。その後、1960年代の公民権運動で、社会的に立場の弱い人が自らの声を上げるための方法として注目を集めました。
日本においては、臨床心理学者の平木典子氏が米国で学んだ内容をもとに1980年代に導入し、日本人の文化や対人関係の特徴に合わせたアサーショントレーニングを体系化しています。その後、チーム連携や多職種のコミュニケーションが必要な医療や教育、福祉の現場を中心に広まり、現在では企業研修の場面でも取り入れられています。
製薬企業でアサーションが求められる背景
アサーションは、製薬企業においても重要性が高まっています。特にマーケティング部門は、いわば情報のハブとして社内外の関係者と連携しながら施策を進めるため、アサーションは欠かせないスキルです。
例えば、プロモーション戦略を推進するためには、社内のメディカル、薬事、開発、営業などの多部門と連携します。各部門にはミッションや優先順位があるため、相手の立場を尊重しつつも、マーケティング担当者としての想いや戦略の意図を明確に主張する姿勢が不可欠です。
社外との関係においても同様です。例えばKOL医師や患者団体へのヒアリングでは、相手の専門性や経験に対する配慮から、本来確認すべき点を十分に聞けないケースもあるでしょう。アドバイザリーボードや患者インサイト調査の場面では、相手の意見を尊重する姿勢が前提ですが、自社の仮説や疑問点を明確に伝えなければ、得られる情報が限定的になります。
このように、製薬企業のマーケティング部門にとって、アサーションは単なる対話スキルにとどまらず、意思決定や施策の質を左右する重要なスキルの1つとなり得ます。
アサーションにおけるコミュニケーションのタイプ
アサーションの考え方では、コミュニケーションのスタイルは「非主張的表現(ノンアサーティブ)」「攻撃的表現(アグレッシブ)」「アサーティブ」の3パターンあります。なお、パターンは人によって固定されておらず、相手や状況によって変化します。
それぞれの違いを理解することで、自分の癖に気づける他、相手のタイプに応じて伝え方を調整できるようになります。なお、近年では間接的に相手を傷つける「作為的」なスタイルを加えた4分類で語られることもありますが、ここでは基本となる3つのタイプに絞って整理します。
①非主張的(ノンアサーティブ)
自分の気持ちや意見を抑え込み、相手に伝えない状態です。例えば、患者が医師に「もっと具体的に説明をしてほしい」と言えなかったり、ビジネスシーンでは業務量が多くても「大丈夫です」と言って抱え込んでしまったりするケースがあります。一見、控えめで波風を立てない人ですが、心理的な状態としては「私はOKではないが、あなたはOKである」という、自分を後回しにする服従的で相手任せのコミュニケーションといえます。
非主張的に陥ると、本来共有すべき情報や課題が表に出ず、意思決定の精度が下がる可能性がある他、周囲からは「頼めば何でもやってくれる」などと誤解されやすく、過度な負担を背負わされやすくなります。
非主張的なケースの場合は、まずは小さなことから自分の感情を言語化する練習が必要です。また、相手がこのタイプである場合は、威圧感を与えないように配慮しつつ、「どの点が気になっていますか」など、オープンクエスチョンを用いて丁寧に意見を引き出す姿勢が求められます。
②攻撃的(アグレッシブ)
自分の気持ちや権利だけを主張し、相手の意見や感情を軽視する状態です。例えば、多忙な部下に対して上司が「指示通りに動け」と高圧的な態度で接し、部下側の状況や懸念点を聞く耳を持たないケースが挙げられます。
根底には「自分は常に優先されるべきだ」という特権意識が潜んでいることが多く、「私はOKだが、あなたはOKではない」という支配的で自分本意なコミュニケーションスタイルです。短期的には自分の思い通りに物事が進むかもしれませんが、長期的には周囲の信頼を失い、孤立してしまうという大きなデメリットがあります。
攻撃的なケースの場合は、主観的な感情をぶつける前に客観的な事実に基づいて話す練習をするとよいでしょう。相手が攻撃的な態度で接してきた場合には、感情的に反論するのではなく、後述する「DESC(デスク)法」を用いて冷静に対処することが大切です。
③アサーティブ
自分の気持ちを正直に伝えながらも、同時に相手の気持ちも大切にする「自他尊重」の状態です。例えば、急用を依頼した上司に対し、「今は別の緊急対応をしています。5分後であれば準備に取りかかれますが、いかがでしょうか」と、自分の状況を伝えつつ代替案を提示するケースが挙げられます。
「私はOK、あなたもOK」という対等な関係を前提にしており、たとえ意見が食い違ったとしても、お互いが納得できる着地点を探ります。相手を尊重しながらも自分を犠牲にしないアサーティブな姿勢は、信頼関係を深め、チーム全体のパフォーマンスを最大化させるための鍵となります。
【アサーショントレーニング①】「DESC法」を把握する
アサーティブな伝え方を実践するには、DESC法を理解することが重要です。DESC法とは、伝えたい内容を「Describe:描写(D)」「Explain:説明(E)」「Specify:提案(S)」「Choose:選択(C)」の4つのステップに整理して発信する手法です。伝える内容を事前に整理でき、簡潔で分かりやすい説明が可能になる他、相手も受け取りやすくなるため、誤解や対立を防ぎやすくなります。信頼関係の構築やチーム全体の生産性向上、提案の通過率向上にもつながります。
D:Describe (描写する) |
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|---|---|
E:Explain (説明する) |
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S:Specify (特定の提案をする) |
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C:Choice (選択する) |
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それでは、以下の事例をベースに、DESC法の考え方に沿って伝え方を組み立てていきましょう。
例:毎月の定例報告業務に非効率を感じている製薬企業のマーケティング担当者の場合
これまで前例踏襲で続いてきた業務に対し、改善の必要性を感じているものの、上司に対して伝えづらさを感じています。
ある日、思い切って「この報告業務は非効率ですし、みんな意味がないと思っているそうです。やり方を変えるべきではないでしょうか」と伝えたところ、上司からは「これまでこのやり方で問題なく回っている」と返され、話し合いは平行線のまま終わってしまいました。
【D】Describe:描写する
最初のステップ「D」では、評価や感情を入れず、客観的な事実だけを伝えることが重要です。共通認識をつくることが目的であり、主観が混ざると相手が状況を受け入れにくくなります。
「みんな~と思っている」といった主観の入った不満や批判を冒頭で投げかけられると、相手はとっさに反論したくなり、共通認識を持つことが難しくなります。目的は相手を責めることではなく、あくまで「今の状況」を共有することです。そのため、可能な限り数字や具体的な事実を用いると効果的です。
【改善後の表現例】
「現在の月次報告書の作成には、毎月約15時間の工数がかかっています。この作業の半分は、データの転記作業が占めています」
【E】Explain:説明する
次のステップ「E」では、Dの事実に対して自分がどう感じているか、あるいはどのような状況にあるかを「私(アイ:I)メッセージ」で表現します。
「あなたがやってくれないから困る」という「あなた(ユー:You)メッセージ」を使いがちですが、ユーメッセージは相手を責める響きが強く、反発を招きやすくなります。「私は~と感じている」「私は~という理由で困っている」と自分の内面を正直に伝える方が、相手は状況を理解し、共感しやすくなります。
【改善後の表現例】
「私としては、この転記作業に時間を取られることで、本来集中すべき戦略分析の時間が削られてしまうため、もったいないと感じています」
【S】Specify:提案する
ステップ「S」では、解決に向けた具体的な提案を行います。抽象的な要望では、相手がどう動けばよいのか分からず、実行につながりにくいため、相手にどうしてほしいのか具体的に行動できるレベルまで落とし込んで提案を行うことが重要です。
ポイントは、小さく現実的な変化を提案することです。大きな変更を一度に求めると、相手にとって負担が大きくなり、受け入れにくくなります。また、相手の立場や制約も踏まえた提案にすることで、合意形成が進みやすくなります。
【改善後の表現例】
「まずは、数値の転記部分についてBIツールを導入して自動化を試してみませんか?来月の報告書で、どれくらい効率化できるかテストさせてほしいです」
【C】Choose:選択する
最後のステップ「C」では、相手に選択肢を提示し、柔軟に合意を目指すことが重要です。相手には提案を受け入れない選択もあるため、1つの提案に固執せず、代替案や実施後のメリットを示すことで、対話が前向きに進みやすくなります。
また、提案が実現した場合の効果を共有することで、相手の判断材料を補うこともできます。もし断られたとしても、すぐ対話を終わらせるのではなく、代替案を一緒に考える姿勢を見せることで、最終的により良い解決策にたどり着ける可能性があります。
【改善後の表現例】
「もし導入を許可いただけるなら、浮いた時間で競合他社の最新動向の分析レポートを充実させられます。もし現時点でのツール導入が難しいようであれば、報告書の項目自体を削減できないか相談させてください」
【アサーショントレーニング②】ロールプレイングで実務に落とし込む
アサーションの考え方を把握した後は、ロールプレイングを行うことでより業務に活かしやすくなります。自分では気づかなかった話し方の癖を指摘してもらえたり、相手役の反応を肌で感じたりすることで、実践に向けた自信をつけられるでしょう。
具体的な練習方法としては、3人1組のチームを作り、「話す人・相手役・観察者」の役割を交代しながら進めます。例えば以下のような具体的なシチュエーションを設定して練習するとよいでしょう。
(例1)営業部門との施策すり合わせ:マーケティング施策の方向性について、営業部門から「現場に合わない」と指摘を受けた設定
(例2)KOL医師へのヒアリング:アドバイザリーボードで、自身の臨床経験に強い自信があり新しい考え方には慎重なKOLに対し、自社の仮説について率直に意見を求める設定
(例3)患者向け資材の改善提案:現行の患者向けパンフレットが分かりにくいと感じ、改善案を外部の代理店と共有する設定
まずは事前にシナリオを共有し、5分程度でロールプレイングを実施します。「話す人」はDESC法を意識して伝え、「相手役」は現場で起こりがちな、あえて話す人にとって困るような反応を心掛けましょう。
終了後、観察者は「相談や質問が具体的だったか」「遠慮して論点がぼやけていないか」「相手の話を受けて追加の問いや交渉ができているか」といった観点でフィードバックを行います。その後は役割を交代し、気づきを反映しながら練習を重ねることで、伝え方の精度を高めることができます。
【応用編】言いにくいことを伝える「アサーティブ・サンドイッチ」
相手に配慮しながら伝えにくい内容を共有するには、「アサーティブ・サンドイッチ」という方法が有効です。
2つの肯定的な文章の間に、本当に伝えたい要望や指摘を挟むという非常にシンプルな手法です。例えば、営業部門と施策の調整をする場合を見てみましょう。
(肯定1)「現場の視点で意見をいただけるのはとても助かっています」
(言いたいこと)「今回の施策についてはターゲットをもう少し絞りたいと考えているのですが、いかがでしょうか」
(肯定2)「現場の知見を踏まえて、一緒に精度を高めていけるとありがたいです」
このように、相手への敬意や感謝(肯定文)で要望を挟むことで、角を立てずにこちらの意図を正確に届けられます。
アサーションスキルを身に着けて信頼関係を築く第一歩を
アサーションの考え方を取り入れることで、言いにくいことも相手に配慮しながら伝えやすくなり、納得感のあるコミュニケーションにつながります。また、アサーションは、相手の立場や背景を理解しようとする姿勢にもつながるため、言いたいことを十分に伝えられない患者の気持ちを想像し、より実態に即した支援策を考えるうえでも役立ちます。上司への提案や部門間の調整、KOL医師や患者団体との対話など、さまざまな場面でアサーションスキルを活かしましょう。
<参考>※URL最終閲覧日2026.04.01
森川早苗『アサーション・トレーニング 深く聴くための本』2010年,金子書房
下山晴彦『面白いほどよくわかる!臨床心理学』2012年,西東社
特定非営利活動法人 アサーティブ ジャパン「自分のコミュニケーションタイプを知ろう|伝え方のヒントブック」(https://www.assertive.org/communication/type/)
カンポフルライフ「アサーションとは?トレーニングでこころのバランスを保つスキルを上げる」(https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/heart/?p=14744)
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